もちあずき

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『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』感想

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まず、この作品の各章はQUEENの曲名から取られている。私はQUEENが好きで、通勤中プレイリストにも『Killer Queen』とか『Good Old Fashioned Lover Boy』とか『Under Pressure』とか入っているので(ボウイも好きです)、これらの章名、ならびに作品中にしばしば出てくるQUEEN話が嬉しかった。ジム・ハットンの『フレディ・マーキュリーと私』も読んでいるので、そこら辺のエピソードも。

 

『好き』というのは非常に強力な、素晴らしい感情であると思う。人の行動には様々な理由があるけれども、『好き』というのはそれ自体が行動の動機になる。そこにそれ以上の余計なものを付け加える必要はない。ただ『好きだから』それだけでいい。それに『好き』は人をアゲアゲにしてくれる。

 

その『好き』が周囲に認められない、というのはおそろしく悲しいことだ。自分の『好き』と周囲の間に生じる軋轢、矛盾。それをどう解消すればよいのか。周りの目なぞ関係ない、と言い切れたら素晴らしいけれども、実行はなかなか難しい。自分の『好き』を曲げるのも同じくらい難しい。それは確実に自分の一部だ。好き好んで脇腹を(腕でも足でも可)削ぎ落とす人間はいない。周囲を変える? できたらいいね。

周りから隠し、自分の中、もしくは少数の同好の士だけにとどめておくというやりかたもある。それも一つのサバイバル術で、しかしその覆いは思わぬところから破れたり、そもそも覆い自体を取り払ってしまいたくなるときもある。他の人はこんなもの被らなくても幸せにやっていけているのに、なぜ自分だけこうなのか。

 

このアウフヘーベンは、3分クッキングのように簡単ではない。そもそも共通のレシピはなく、自分の力で見つけ出さなければいけない。バレンタインデー前日にブラウニーを作ってキャー焦げちゃったみたいな楽しい作業ではなく、包丁一本サラシに巻いて、肴ではなく人捌く、完全なる闘いである。

 

だがその闘いをサポートしてくれるのも、自分、もしくは他人の『好き』だ。何しろ『好き』のパワーはすさまじい。真っ暗闇の中を、たとえ一瞬でも照らしてくれるものがあれば、それを頼りにまた数歩でも歩みを進めることもできる。

 

ちなみに私の一番好きな曲は、『Somebody to Love』です。